イギリス誌/LONDON
 ガラス張りの入り口を入ると、この店の驚くべき空間デザインにしばし言葉を忘れてしまった。
ガラスと鉄材で作られた緑に青や、黄色の巨大な花の“つぼみ”が店内の中心に配置されていた。
つぼみとつぼみの間には、植物かあるいは小ぶりのつぼみを思わせるオブジェがありそれぞれが光
を放っている。それらは壁面や天井面の殆どを埋め尽くし、床には石の間を水が音を立て流れてい
る。この店の中に余分なスペースはないようにさえ感じられ、まるでうっそうとしたガラスのジャ
ングルの様である。ガラスのつぼみの中はカップルや少人数のグループ用のブースになっている。
 ここ数年間、東京の飲食店業界では小人数の集まりに対応した個室が人気を呼ぶ傾向がある。ま
ゆであるとかあるいは土でできた小屋を模したような店鋪デザインは、一時期かなりの注目を集め
たが最近では完全に仕切られていたり、視界からさえぎられてはいない個室を提供するようになっ
てきている。人々の目から逃れたい一方で、同時にまた見られたいという現代の商業文化のある種
矛盾した心理状態を巧みに突いているのだ。
 日本の店鋪デザインはミニマリズムであると思っていた人たちは今とまどっているに違いない。
日本を訪れると過激なデザインで人気を集めている場所を見ることもあるが一方で、日本の建築様
式はただ単にシンプルで無駄が無いというだけではない。京都の西側にある桂離宮は、素晴らしい
建物と美しくレイアウトされた庭園と園路で有名であり、そういったミニマリズムとは対極に位置
している。江戸の初代将軍、徳川家康の霊廟である日光東照宮にも同じことが言えるだろう。日光
東照宮は日本人よりは海外旅行者に人気がある。その素晴らしくそしてきらびやかな建物には建築
家達にはあまり尊重されてはいないバロックの情熱が見受けられる。「ほやほや」が伝統的な日本
のミニマリズムと際立って違っている理由の一つに、店鋪を設計した造形集団代表の兼城祐作氏が
日本と中国の間で両国の影響を受け続けてきた極東の小さな島である、沖縄の出身ということが言
えるだろう。沖縄は独立した独自の王朝と繁栄した文化を有していたが、第二次世界大戦後米軍に
占領され、その駐留により固有の文化に大きな影響を受けた経緯がある。それゆえに兼城氏は子供
の頃から混じりあった文化に慣れ親しんできたのである。日本のインテリアデザイン界においては
均一化の傾向が見られ、独特の強い感性を持つ兼城氏のようなデザイナーは際立っている。彼のテ
イストやスタイルにはアントニオ・ガウディ的な独自の感性の要素がある一方で美に対する日本的
な感性も伺える。彼は典型的な職人のようでいて、実際には鋭い商才も持ち合わせている。飲食店
の売上を増やすことを優先してデザインプランを考え、メニューやマネージメントについてもアド
バイスしている。
 「ほやほや」は和食を提供しており、スペアリブと蕎麦は大変な人気だ。料理は新鮮で口当たり
がよく、そして暖かく、最高の状態で出せるように考えられている。
 兼城祐作氏は夢の中で見たことを書き留めておくらしいが、ある夜、彼は何とも気持ちの良い花
のつぼみに包まれて酒を飲んでいる夢を見たというのだ。そしてそれがこの店のデザインコンセプ
トとなったのである。彼の“夢の庭”は、恵比寿駅西側のバーや飲食店が建ち並ぶ細い通り添いに
ある、ビルの地下に「形」となって再現されたのである。
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