海外向け日本誌/WORLD
 日本語でかなりいいという意味の「なかなか」は居酒屋につけるにしてはいささか妙な名前 のような気がするが、この店がどんな風に“良い”のか見てやろうと、我々は新宿駅の裏通り を歩く千鳥足の人々の群れを抜け店に向かった。エレベーターで6階に到着し扉が開いた瞬間、 そこは薄暗い日本の庭園を思い起こさせるエントランスなっていた。アンティーク風の重厚な 花梨の扉を開けると、店内はたくさんの蔦に覆われ暗い隠れ家のような店鋪設計になっていた。 「こんな風に仕上げるのは兼城祐作氏だけだろう」と我々は圧倒されながら店内に踏み込んだ。  傘をしまい、ウェイトレスの後に続き「なかなか」の迷路を楽しみながら、荒く削った木の 一枚板でできたカウンターや小じんまりとして居心地のよさそうないくつかのブースの脇を通 り、すでに若いサラリーマンやOL達で一杯の狭い店内の奥へと入って行った。頭上には桜が 描かれたかなり大きなスクリーンが吊るされており、近くのいくつかの柱にもいろいろな花の モチーフが装飾として描かれているのに気がついた。やがてメニューに目を落とすと「なかな か」は多くの居酒屋とは違い、Rosso del Veneto から Golden State's Heitz Zinfandel までのかなりのワインを揃えてあり、酒も焼酎も同様であった。そして我々はゆずの Grand Imperius シャンパンカクテルを選んだ。その後すぐに出てきたお通しのフェタチーズバジル 風味もヨーロッパ風であった。乾杯しながらもう一度まわりを見渡すと、他のサラリーマンや OL達のグループがブース席の中で寄り添うように座って楽しそうに会話しており、彼らの顔 はオリエンタルな照明器具の光に照らされていた。店内には和紙があちこちに使われており、 装飾に描かれている花と共に日本の伝統美が強調されている。兼城祐作氏の作品は、個性の強 いオーガニックなレストランデザインが特徴なのだがこの「なかなか」は少し違った。日本の 建築様式が要所に用いられ大きな日本庭園の中にある離れの様に各個室があり、それらは数十 種類の花の名前が付けられており光琳風の日本画が上品に各部屋の壁や行灯に描かれていた。 兼城氏の違った一面を垣間見れた気がしてそのインテリア空間に浸りながら更に酒を進める事 にした。
 我々が次に頼んだ麦焼酎の夢鶴のお湯割りが載っている日本酒と焼酎のリストにはワインリ スト同様、たくさんの種類の酒の名前が書かれていた。限定版の“百年の孤独”はちょっと手 が届かないので、普通のブランドの泡盛とマッコリを飲みながら閉店案内まで過ごした。帰り に我々は他の人たちより早くエレベーターに乗ろうと急いで店を出た。そして帰り道この夜が 本当に“なかなか”であったと実感した。
BACK NEXT 閉じる