海外向け日本誌/WORLD
「マジェスティック」を外の世界と分けている頑丈で重厚な入り口は、
周囲の壁にとてもよく馴染んでいて見慣れていないとつい見落としてし
まうかもしれない。その目立たない入り口からひとたび中に入ると、そ
こにはまるでダンジョンを思わせるような通路があり、知らず知らずの
うちにアンダーワールドへ連れて行かれる様な気さえしてくる。ここは
東京をベースに数多くのレストランの店鋪デザイン・設計を手掛ける造
形集団代表の兼城祐作氏によるもので、都会の大人達が人目に触れる事
なく隠れた世界で酒を楽しむには打って付けな場所だと感じた。店内に
はムスクの香りが漂い、広々とした空間に原住民のリズミカルなビート
と部族のドラムが鳴り響いている。エキゾチックなデザインのランプシ
ェードはブラッドレッドの光を放ち、バーの奥にある細長いオブジェは
どこかの神を模していてそれ自身に存在感がある。ここにいるとまるで
21世紀の東京にいながらリビングストーンの足跡をたどっているよう
な気がしてくる。我々はまだ一滴の酒も飲まないうちに『失われた大陸
』の世界を思わせるような暗闇に圧倒されていた。兼城氏の店鋪デザイ
ンにはいつも驚きが隠されていて、BGMに合わせ店内を進むにつれて
どんどん違う世界に引込まれていく感覚なのである。案の定、赤や緑、
青色に時間差で変色するカウンターバーの方へ吸い込まれていくと、数
名のバーテンダーがアイスピックを片手に客のビジネスマンやひっそり
と座っているカップル達の為にあらゆる種類のカクテルを作っていた。
我々が頼んだジャックダニエルのシングル・オンザロックはその場の雰
囲気からするとちょっと平凡すぎるオーダーだったかもしれないが、そ
れでも殆どのバーでショットディスペンサーに逆さに取り付けられてい
る普通のオールドNo.7のボトルではなく、 マスターディスティラー
ズのボトルから注がれたものであった。ワインやリカーといった「マジ
ェスティック」の豊富な酒類は文字通りメニューを超えたものがあり、
例えメニューになくともオーダーすることもできる。カクテル類や高級
なつまみは豪奢なバーカウンターでも、また螺旋階段の上にある2階席
でも楽しむことができる。薄いベールで仕切られたブースにはベルベッ
トの布が掛けられていて、カップルや4人連れが真鍮の大皿に盛った料
理を囲んで明け方までくつろぐことができる。「マジェスティック」で
はサービス料だけでも1000円札が必要であり、支払いはかなりのも
のになるだろう。しかし、支払っただけのものは得られ満足感が残るの
である。失望という言葉は無縁であり、「マジェスティック」は新たに
東京のバーシーンの仲間入りを果たした。そしてこの夜、我々は兼城ワ
ールドにまたもや引込まれてしまったのである。
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