海外向け日本誌/WORLD
 「毎水」を見つけて衝撃を受けた。この店の店鋪デザイン・設計を手掛けた造形集団代表の兼城
祐作氏のデザインが素晴らしかったのである。そこは新橋駅のすぐそばで、通りには居酒屋と安い
そば屋が立ち並び、ビラを配る女性もいる、明らかにサラリーマンが集まる場所である。東京のビ
ジネスマンが飲みに行って、仕事の愚痴をこぼすのにスタイリッシュな店は似合わないという訳で
はないのだが、彼らは普段、もっと手頃なつまみとそれを流し込む酒があるような店に行くことが
多い。毎水を外から見ていただけの時には、この店もホワイトカラーの人達が酔う為に集う立ち寄
り先の一つであるとの印象しか受けなかった。しかし、嬉しいことにそんな我々の予想は覆えされ
た。踊り場を左に、地下1階へと下りて行き、ブルーとピンクの明りに浮かぶ薄暗い店内をちらっ
と見て非常に驚いた。インターナショナルな評価も得ており、「なかなか」や「翆々」もドラマテ
ィックにデザインしている兼城祐作氏は、故郷である沖縄のマングローブの林からインスピレーシ
ョンを得て毎水をつくったと言う。もしそうなら、彼は“HieronymousBosch”や“David Lynch”
の世界にいるのかもしれない。店内には、内側からの照明で光る壁に囲まれた異なった形のセミプ
ライベートブースと透けて見えるバーカウンターがあり、その通り道やアイアンメッシュのダイニ
ングケージの下ではイルミネーションタイルがジグザク模様を描いて光っている。通路には艶のあ
る青い光沢の鍾乳石が敷き詰められていて、そこを通る酔った人達に静かな光を放っている。その
夜ただ一つ残念だったのは、私たちの席がサイケデリックなブースではなく店内の端にあるトラデ
ィショナルなテーブル席だったことであった。両側には酔って赤い顔になったサラリーマン達がい
て、社長について愚痴をこぼしていた。しかし、そこからでも、装飾は目を引いていて、“深海の
中で朽ちていく珊瑚”をイメージした大きな長方形をしたスチール製のオブジェが壁面を陣取って
いた。
 一見、毎水の食べ物はインテリアに比べて印象が薄いようであるが、実はこの店のコリアンジャ
パニーズ料理は店のデザインの見事さに匹敵するものがあり、お通しでさえよく考えられていたの
だ。その日は辛味がある細く切ったキムチ風味のイカサラダであった。また、きのこと鶏肉をよく
煮込んだタッカルビはコチュジャンの風味がよく効いていて刺激的な香りがしていた。ご飯と一緒
に食べたらどんなに美味しいだろうと思いながら、我々は筒形のもちを食べてみたが、その粘り気
のある食感はとてもよく合っていて楽しめる味であった。鴨と牛肉のチヂミもまた格別であった。
ごぼうを添えたこの大きなチヂミは細かく刻んだ牛肉と柔らかい鴨肉が中央にのせてあり、それら
の異なった舌ざわりと強くてしかもどこか共通する風味は意外にも抜群の組み合わせであった。最
後に頼んだのは焼いた薄切りのにんにくと、串型に切ったライムを添えた大きな鶏の足の串焼で、
北海道の塩と大根おろし、味噌がついてきた。店を出る時ハイヒールを履いていた仲間がドアに続
く殆ど視界に入らないような段差に躓いたが、かろうじて壁のオブジェが彼女の身と威厳を守った
(笑)。マングローブが棲息する「毎水」ではこんな運のいい冒険があなたを待っているかもしれな
い。
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