海外向け日本誌/WORLD
このあたりにシェリーバーとは珍しい。実際、マネージャーでもあり有能なバーテンダ
ーでもある江野氏の話によると、このシェリーバーは都内に3件しかない内の1件であ
るらしい。新橋の駅に程近いビジネスホテルの一角にあり、扉二枚分程の狭い間口の壁
面を角砂糖の様な照明機具と突き出た木で埋められた小さな店がこのシェリーバー「ド
ッセ」のファサードである。この店のデザインは、隣にある「しゃかりき」や向かいの
飲食ビルにある「ゆらり」等の店鋪デザイン・設計を手掛けた造形集団代表の兼城祐作
氏で、いつも意外な想像力のインテリア空間で我々を驚かせてくれるが、今回はシェリ
ー樽を模した巨大なアーチが特徴である。一直線に伸びたカウンターを包む様にこのパ
ーテーションは弧を描いており、間口の狭いこの店をフォローするかの様に奥行きを与
える役割を果たしている。そして、ボトル棚に置かれたグラスにはイベリア半島の熱気
と情熱を象徴するような深紅の薔薇が飾られ、バーカウンターの中では女性のバーテン
が器用な手つきで手早く最高に喉ごしのよいサングリアを作っていた。言うまでもなく、
シェリーという言葉はこの酒の主な生産地であるスペイン・ヘレス市のヘレスの読みが
英語流に変化したものである。ここはいかにも本格的なシェリーを出す店らしく、柔ら
かくくすんだ赤ワイン色の光に照らされ、まるでシェリーの樽の内部のようなアトリウ
ムにひっそりと隠れるように存在していた。
 「ドッセ」のドリンクリストは内容が詳しく書かれている。ドライで軽いテイストの
フィノは日本風とスペイン風のどちらの料理にもよく合う。もう少し強いものを好むや、
あるいはもっと凝った人たち向けには、様々な高価なオロローソもある。おおよそ36
度で最近シェリー酒の仲間入りをしたアモンティリャードはフィノとオロローソの両方
の性格をあわせ持つ味で、フィノよりは深みのあるドライな余韻を残す。 Cream and 
 Pedro Ximenez Sherry は甘い味が好みの人向きで、冷たく冷やして出され、後者は
デザート用として、あるいは家に帰る前の締めの一杯に飲むのに適している。スペイン
のブドウ園よりもノルマンディーリンゴ園のエッセンスを楽しみたい人達はカルバドス
ベースのカクテル類にうっとりすることだろう。
 世慣れた東京人なら知っている通り、新橋はサラリーマンや情報通の若者がたくさん
集まってくる場所であり、彼らの多くは「ドッセ」のリーズナブルなプライスとクール
な雰囲気が気に入っているようだ。カウンター席やいくつかある4人用のブース席は日
によっては座れないほど混んでいる。しかしそれほど混んでいない静かな時には、店内
に流れる遠く離れたヒスパニックの空気に心を奪われ、グラスに反射する光を見ている
と闘牛のトーロが流す熱い血の雫を思い描いてしまう。何杯か飲んでいるうちに、薔薇
の花の影にカルメンの幻が現れてくるような気さえしてくる。「ドッセ」を後にして、
狭い空間を巧みに操る兼城祐作氏の情熱もこのスペインの深い赤に似ている気がしたの
は、旨いシェリーを呑んだ後にホロ酔い気分で感じた率直な感想だった。
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